「・・・」

「・・・」

互いににらみ合う中、先に動き出したのはエンハウンスだった。

走り出しながら魔弾を連射、そのままリィゾ目掛けて斬りかかる。

エンハウンスを避けようにも、回避先には魔弾が待ち構え、魔弾を対処しようとすればエンハウンスのダインスレフの餌食となる。

だが、その対処法はエンハウンスの想定を超えていた。

「おおおお!!」

咆哮と共に横殴りに振り回した一閃が魔弾を残らず粉砕し、ダインスレフとぶつかり合う。

イタリアの時はダインスレフの力に完全に押し負けていたリィゾだったが、今回は一歩も退く事無く、鍔迫り合いを繰り広げる。

「くっ・・・手前・・・前は手を抜いていやがったか・・・」

「イタリアの時は貴様を侮っていた事は事実。手を抜いていたと言われれば事実」

そう言いながらもリィゾとエンハウンス、共に一歩も動かない。

「だが、いかに私が本気を出そうともダインスレフで力を高めた貴様と相対する事は出来ぬ。貴様と互角である理由は・・・この剣だ」

二十六『リィゾ・バール・シュトラウト』

さてここで、話を変える事をお許し頂きたい。

リィゾ・バール・シュトラウト。

死徒二十七祖第六位にして、『死徒の姫君』・『血と契約の支配者』そして『黒の夫人』(近年、こう呼ばれる事を本人は一番喜ぶ)である、第九位アルトルージュ・ナナヤ・ブリュンスタッドを守護する騎士の一人『黒騎士』。

死徒としては最古に属し、その歴史の古さたるや第二十位メレム・ソロモン、第十七位トラフィム・オーテンロッゼ、第十六位グランスルグ・ブラックモア、『朱い月』と直接関わりを持つこの三体の祖と比肩するとまで言われている。

だが、彼がアルトルージュに仕えるようになったのは比較的時間は浅い。

リィゾがアルトルージュに仕える前の彼を知る者は極めて少ない。

更に、彼が生前いかなる人物だったのか、そしていかなる経緯にて死徒となったのか?

それを知る者は一人としていない・・・

そう、他ならぬリィゾ自身ですら。

リィゾに生前の記憶はない。

彼の持つ最古の記憶では既に死徒となり、一本の剣を手に、そしてその身には既に忌まわしき時の呪いを帯びて、世界を当てもなくただ彷徨っていた。

生前の記憶、死徒となった経緯などリィゾには全ての記憶が喪失していた。

しかし、彼には一つ確かなものがあった。

それは死者や死徒に対する底なしの憎悪。

その憎悪に駆られるまま彼はそれから数百年の間死者と死徒の虐殺に明け暮れていた。

そう、あの日、黒き姫君と会う時まで・・・









「へえ・・・貴方が噂の・・・」

彼女は満月の夜、唐突にリィゾの前に現れ、彼を値踏みする様に微笑みながら見ていた。

一方のリィゾはと言えばいつもならば躊躇いもなく剣を抜き切り捨てる筈が彼女を見た時、指先一つ動かす事は出来なかった。

体格としては自分の半分もない華奢な少女。

剣所か拳の一つ当てても容易くその命を奪い取れる筈なのに僅かも体が動かない、いや、動けない。

目の前で微笑む少女が放つ桁違いの覇気に完全に呑まれていた。

本能で悟っていた、自分にはこの少女を殺す事は出来ない。

だが、いかに本能が無謀と叫ぼうとも憎悪に満ちた身体はそれを受け入れなかった。

「あ・・・ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」

憎悪に駆られるままに、本能をねじ伏せ、大地を蹴りつけ、剣を上段に構え少女の頭上から振り下ろした。

速度、技量、全てを見ても一級品であるその一撃を少女は容易く交わし、すれ違いざまに繰り出した連撃が逆にリィゾをずたずたに引き裂いた。

だが、すれ違いざま、剣風で少女の二の腕を軽く切り裂いた。

「すごいわね!私に傷をつけるなんてアルクちゃんくらいだったのに・・・ってええっ!」

最初はリィゾの剣技を絶賛していたが、最後は驚愕に変わる。

無理もない、先程までずたずたにしたはずのリィゾの傷が見る見るうちに塞がり回復していくのだから。

「自己回復能力・・・いえ違うわね・・・むしろ何らかの呪詛の近い・・・」

少女はそれを見ながらぶつぶつと呟いていた。

その気になればリィゾは攻撃も出来た。

しかし、先程の一撃は自分にとっては最高の一閃。

それをああも容易くかわされ、そして僅かな傷を与えられたに過ぎず、どれだけあがこうとももはや無駄だと悟らざるおえなかった。

このままこの少女に完膚なきまで殺されるものかと覚悟を決めていたリィゾだったがやがて少女は一つ頷く。

「ねえ、私、貴方の事気に入ったわ。私の騎士になる契約を結ぶ気は無い?」

「な、何?」

唐突の発言にリィゾはまさしく絶句した。

「私と契約を結べば貴方は決してその契約を破る事は出来ないし、許さない。だけど私も貴方との契約を決して破棄する事はない。貴方に安住と地位をあげる。受けるか受けないかは貴方の自由。どう?」

そう言って少女は手を差し出す。

「・・・私のような失敗作でもか・・・」

そのときリィゾの発した言葉は彼の意思によって発せられたものではなかった。

無意識に出た言葉に本人も驚いていたが、それ以上に驚いたのは少女の方だった。

「はあ?失敗作??そんな訳無いでしょ。これだけの剣の腕前、そして自動修復能力までも持ち合わせてるのよ。貴方を失敗作と呼ぶならば何を成功作と呼ぶのよ」

「・・・」

唖然としてまじまじとリィゾは少女を見る。

「たとえ全てが貴方を失敗作と呼んでも私は貴方を認めるわ。それに・・・いえ、なんでもないわ。それよりもどう?私に仕える?」

「・・・」

再度の少女の問い掛けに、ほんの少しの間だけ無言を貫いたリィゾだったが、やがてその差し伸べられた手を恭しく受け取りその甲に、接吻をした。

「リィゾ・バール・シュトラウト、今日より貴女様に永久の忠誠を誓います」

「ええ、期待しているわ。私はアルトルージュ・ブリュンスタッド」

こうしてリィゾはアルトルージュの臣下となり、今日まで至る事になった。









さて、ここで再び話は逸れる。

リィゾには『時の呪い』による自動超修復能力以外に特異能力はない。

だが、リィゾが今日まで死徒や死者との死闘を制してきた秘密。

それは彼が持つ卓越した剣の技術、そして彼が持っていた剣だった。

何者かがつけたのか『唾棄すべき失敗作(クレセント・ムーン)』と名付けられたその剣は能力としてはエンハウンスの持つダインスレフと似通っていた。

自身の能力を底上げする事が出来るが、ダインスレフと違い理性を失わせ命を奪う事もない。

しかし、その代わり、底上げする力はダインスレフに比べて低く、一定時間を経過するとその効果を失ってしまう。

そして何よりも『唾棄すべき失敗作(クレセント・ムーン)』はリィゾの精神状況によって能力の底上げ規模や継続時間は左右される。

イタリアではあくまでも撤退までの時間稼ぎとしての殿と言う事、そしてエンハウンスに対する侮り、これらが重なり『唾棄すべき失敗作(クレセント・ムーン)』の力は最大限に発揮される事はなかった。

しかし、今はイスタンブールの防衛、更にエンハウンスが自分の後にアルトルージュを襲撃する事を暗に示しており、それがリィゾの闘志に火をつけた。

それが『唾棄すべき失敗作(クレセント・ムーン)』に伝わりその力を最大限に高めようとしていた。

「はあああああ!!」

「おらおらぁ!!」

リィゾとエンハウンスは互いに一撃を叩き込み続ける。

その間にも銃声と何かが粉砕される耳をつんざく轟音も交差する。

一撃が次々と双方の服や鎧をかすめ、打ち砕く。

死者が何かに吸い込まれるように二人に近寄るが、二人の振り回される一閃の余波で次々と斬り刻まれ、砕かれた魔弾の破片に蜂の巣にされる。

リィゾは周囲に集まる死者に気付いていたが、もののついでとばかりに剣を振るう。

エンハウンスも周囲の死者に近寄るなと叫ぶ隙も作れず、いやそもそも、周囲の死者に気づく事も無く、目の前のリィゾを殺すべく怨念の限りにダインスレフを叩きつける。

リィゾとエンハウンスの決闘は周囲の死者を次々と巻き添えにしつつ、続けられていた。









その頃、志貴とネロ・カオスの戦いも始まってからしばらくたつ。

「ゆけ」

言葉少なげに命じたネロ・カオスの体内から無数のカラスが吐き出され、志貴目掛けて急降下してくる。

しかし、志貴も直ぐさま迎撃に入る。

―閃鞘・八点衝―

襲い掛かるカラスの群れをまとめて死線を通し、八つ裂きにしていく。

「ちっ・・・」

だが、それでも尚、カラスが一羽殺戮の刃を掻い潜り、志貴の咽喉仏を嘴で貫こうと迫る。

おまけにいつの間にか雄鹿が時間差で突進し、その鋭利な角で志貴の腹部を串刺しにしようとする。

しかし、それも

―極鞘・玄武―

瞬時に展開させた『聖盾・玄武』によって双方とも阻まれ、まず、鹿の首を刎ね飛ばし、返す刀でカラスを真っ二つに切り落とす。

「ふう・・・しかし、こいつ一体いくつ使い魔を溜め込んでやがる」

もはや何度目かになるネロ・カオスの攻撃を凌いだ志貴は思わず愚痴る。

既に凌いだ回数は十回に上り、葬った使い魔の数は五十に届く。

いくら膨大な使い魔を抱え込んでいるとはいえその数はいささか度を越している。

だが、一方で少し引っかかるものがあった。

これは本当に使い魔なのだろうか?

切り裂いても引き裂いても形を崩し、ヘドロ状になるとその身体に戻っていく。

どう考えても生命あるものには思えない。

ではこれは一体何なのか?

「どうした?『真なる死神』よ。呆けていては死ぬぞ」

そういうや、ネロ・カオスから再び別の使い魔が現れる。

今度は虎とスズメバチの群れ。

「くっ!考え事している場合じゃないか!」

気を取り直して志貴は『七ツ夜』を構え再度の敵襲に圧倒的な死をもって迎撃する。

戦闘はまだまだ続く。









エンハウンスをリィゾが、そしてネロ・カオスは志貴がそれぞれが押さえ込んでいる為、『六王権』軍は現状少しづつだが押され始めていた。

「やあ!!」

「てりゃあああ!」

アルクェイド、アルトルージュの一閃が、引き千切り

「はあ!やっ!!」

エレイシアの黒鍵が貫き、

「もっと暴れていいよ」

メレムの使役する魔犬が容赦なく大量の死者を踏み潰し、『六王権』軍を討ち減らしていく。

無論前線では選抜された代行者部隊も奮闘しているがやはりアルクェイド達と比べれば大きく見劣りするのは否めない。

また、遠距離からは

「とりゃ」

青子の魔力弾が容赦なく『六王権』軍に風穴を開けていく。

また連合軍の後方からの砲撃も砲弾自体に浄化能力を兼ね備えている為、青子程の威力ではないが数に物を言わせて吹き飛ばす。

運良く前線を掻い潜り後方に襲撃を仕掛けようとした死者や死徒もいたが、こちらの末路も同じである。

「ふっ!」

「てい!」

―居閃・烏羽―

―二閃・鎌鼬―

青子を襲撃しようとした死者は翡翠、琥珀の刃の前に見事解体され、

「くっまたきます!!秋葉は迎撃に!さつきは秋葉の援護!レンは引き続きここで最終ライン死守!!」

「判りましたわ!」

「うん!」

「・・・」

砲撃陣地においてはシオンがその分割思考を最大限活用して敵の奇襲を予測し、その先手を打って、指示を受けた秋葉、さつきや代行者達が次々と敵を灰にさせていく。

レンについては、万に一つ予測しきれない敵襲があった場合に備えて、最後の防衛ライン守備を任せている。

敵襲はまさしくひっきりなしであったが、前線のアルクェイド達、更にはエンハウンス、ネロ・カオスを押さえ込んでいるリィゾ、志貴に比べればそれは遥かに負担は小さい。

前線、後衛共に見事な攻撃を持って『六王権』軍を撃破し続け、次第に戦況はこちらの有利に傾きつつあった。









爆弾をほうふつとさせる轟音を当たり一帯に撒き散らしながらエンハウンスとリィゾの決闘は続く。

しかし、戦場一帯と反比例するように互角からリィゾの苦戦、そして劣勢に傾きつつある。

理由は明確、『唾棄すべき失敗作(クレセント・ムーン)』の効果が徐々に薄れ始めていた。

だが、これでも効果持続時間は長く持ちこたえた方。

リィゾの精神状態に呼応して『唾棄すべき失敗作(クレセント・ムーン)』はダインスレフを持つエンハウンスに匹敵する力を引き上げていたのだから。

通常では既に効果は無くなっている。

「うおおおおお!!」

「はあああああ!!」

リィゾも負けじとばかりに渾身の力で強引に互角に引き上げて戦っていたが、それも限界に近い。

「へっ、随分と力が落ちてきたな」

「・・・っ貴様にはこれで十分」

「けっ、戯言を!」

呼吸も荒く、それでもエンハウンスに屈する事無く『唾棄すべき失敗作(クレセント・ムーン)』を構える。

「「うおおおおおお!!」」

共に咆哮をあげて剣を振りかざし一気に振り下ろす。

そしてぶつかり合う。









一方志貴とネロ・カオスの戦いも志貴は苦戦の一途を辿っていた。

何しろネロ・カオスの呼び出す使い魔に限りが見えてこない。

既に撃退した使い魔の数はまもなく百に届くだろう。

にも拘らず、繰り出す使い魔の数に限りは無く、あれだけ撃退されたにも関わらずネロ・カオスの表情に焦りは無い。

「さすがは『真なる死神』。我が混沌を相手に未だ持ち堪えるか」

「混沌??」

肩で息をしながら今ネロ・カオスの発した言葉に引っ掛かるものを感じる。

(使い魔ではなく混沌と呼んだな今・・・混沌・・・カオス・・・)

身体はひたすら攻撃を防ぎ、避け、切り裂きながら、必死に掴みつつある思案を形にする。

やがてそこから導き出された最悪の答えに若干顔色を悪くする。

「まさか・・・これらは使い魔ではなく・・・」

「ほう、良く判ったな。そうだ。これらは我が身と同体となった混沌ら。我が身にはこの混沌が六百六十六ある。だが、よもや九十八を殺されるとは思わなかったぞ」

「きゅ・・・九十八・・・まだ・・・」

ネロ・カオスから出た言葉に志貴は絶句する。

いくら強大な戦闘力を持っていたとしても志貴は人間、体力、生命力の一点では二十七祖に及ぶはずも無い。

人間が六百六十六人ならばまだしも相手はネロ・カオスの混沌、数にものを言わせた物量では不利になる事は否めない。

ここは『双剣・白虎』に切り替え、『疾空』による超高速戦に切り替えたいが、そんな暇を敵は与えない。

おまけに一刻も早く勝負を決そうと全力でぶつかったのもまずかった。

体力は相当量浪費している。

ここでネロ・カオスが油断していれば、まだ勝機もあるだろうが、志貴の力を知っている為かその眼光に慢心は一切無い。

「貴様が呼吸している限り、どのような事になるかわからないからな。これで勝負をつける」

「勝負だと?それは・・・!!」

そこまで言った時、足を絡め取られるのを自覚した。

「不覚!!」

思わずそう毒づく。

いつの間にかネロ・カオスから零れ落ちた混沌がミミズとなって、自分の足を何重にも絡まる紐のようになっていた。

おそらく少しずつ、足元に放っていったのだろう。

すぐさまミミズの混沌をまとめて切り落とす。

時間にしてほんの僅かなものだったが、この僅かな時間こそネロ・カオスは待っていた。

「これで終わりだ『真なる死神』!さあ・・・生を謳歌せよ!!」

その号令と同時にネロ・カオスの身体から混沌が奔流のように噴出し志貴を飲み込もうと迫る。

「!!」

避けようにも、ほんの僅かなタイムロスとが仇となり、『双剣・白虎』への変換も現状のまま避けきるのも不可能。

咄嗟に『聖盾・玄武』を構えて衝撃と敵襲に備える。

次の瞬間、志貴の身体は混沌に飲み込まれ、姿を消していた。









ぶつかり合ったダインスレフと『唾棄すべき失敗作(クレセント・ムーン)』だったが、双方の得物に差が出た。

未だ持ち手に力を与え続けるダインスレフと効果は殆ど薄れている『唾棄すべき失敗作(クレセント・ムーン)』。

どちらに軍配が上がるかなど自明の理だった。

大きく弾かれてリィゾが体勢を崩す。

「あああああ!!」

更に追撃を仕掛けるエンハウンスの攻撃をリィゾが強引に体勢を戻して再度弾き返す。

だが、無理な立て直しで更に大きく体勢を崩す。

「もらったぁ!」

「!!!」

渾身の力をこめての刺突が遂にリィゾの胸部を深々と刺し、背中を貫いた。

リィゾの血が雨の様に地面を叩き、エンハウンスとリィゾ、双方の足元を濡らした。

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